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「ファーストペンギン」として挑む学校経営―ある小学校の校長が進める生成AI活用の現在地―

はじめに

 生成AIの活用が急速に広まり、学校現場においても授業づくりや校務改善の手段として注目されています。しかし、多忙な教職員が日常的に使いこなせる環境を整え、学校組織として推進していくには、多くのハードルが存在します。そうした中、ある小学校では、校内研究の主題に「生成AI活用」を明確に掲げ、全校的な取り組みを進めています。本稿では、同校のA校長へのインタビューをもとに、導入の背景から推進体制、教職員の変化、今後の展望までを報告します。


目次


1. 導入のきっかけと方針決定


ChatGPTとの出会いが学校改革の一歩に


 A校長が生成AIに注目したのは、個人的な興味からChatGPTを試したことがきっかけでした。あらすじの要約、文書構成の改善、学習指導プランの作成など、日常業務に直結する作業を生成AIに依頼したところ、想像以上のクオリティのものが出来上がりました。

A校長は「文書構成の改善が明確に見られ、授業改善のアイデアについても"なるほど"と思える提案があった。」と手応えを語ります。 

同校は小規模校で単学級が多く、教職員同士で教材研究を相談する機会が限られるという課題を抱えていました。

これまでも、授業づくりや学級通信を作成する際に、書籍やWeb検索を頼りにしてきましたが、自分のニーズにぴったりの情報が得にくい面もありました。

A校長は「生成AIを使えば、関連する文献や事例、授業アイデアを提示してくれる。特に小規模校では相談相手が限られるため、学習プランの質向上に大きく寄与する。」と感じたといいます。こうした個人的な好感触に加え、市教育委員会からも生成AI活用を推進する方針が示されたことが後押しとなり、学校としても本格的な導入を決断したのです。


教職員の不安を受け止めながらの合意形成


 導入に際して重要な課題となったのは、教職員の生成AIに対する不安の緩和でした。職員会議では、まず「生成AIとは何か」という基礎から丁寧に共有を図りました。

生成AIのメリットは比較的理解しやすいものの、個人情報の漏洩リスク、AIが生成する情報の正確性、著作権の問題など、リスクに対する不安を抱える教職員が多かったためです。

A校長は一つひとつ丁寧に説明し、安全に使うためのルールを明確にしていきました。

 重要だったのは、A校長が「必ず使ってください」と強制するのではなく、「やってみたいことがあれば相談してください」というスタンスを貫いた点です。

最初は数名の教職員の挑戦から始まりましたが、やがて教頭、主幹、研究主任を中心に、教職員同士が教え合う文化が自然に生まれていきました。

同校には若手の教職員が多く、新しい技術への抵抗が少なかったことも追い風となったそうです。

 A校長は「まず自分がファーストペンギンになろう」という姿勢を示し、挑戦に失敗があっても個人の責任にせず、組織で解決していく姿勢を共有していきました。

ファーストペンギンとは、群れの中で最初に海に飛び込むペンギンのことで、リスクを恐れず新しいことに挑戦する人の象徴です。

A校長自身がその役割を担うことで、教職員も安心して挑戦できる環境が整っていったのです。


2. 推進体制と具体的な取組


主題研究に生成AIを位置づける


 同校では、年度当初から研究テーマに「生成AI活用」を据えました。これは単なる努力目標ではなく、学校全体で取り組むべき研究課題として明確に位置づけたことを意味します。

若手教員には挑戦する意義を、ベテラン教員には生成AIの有効性を丁寧に説明し、土壌づくりに力を注ぎました。

 A校長は「根回しも重要だった」と振り返ります。研究テーマとして位置づける前に、キーパーソンとなる教職員と個別に話をし、理解と協力を得ていったのです。

研究主任と連携しながら、学年・教科に関わらず使える場面を一緒に探っていきました。

国語科だけ、算数科だけという限定的な活用ではなく、あらゆる教科・領域で可能性を探る姿勢が重要でした。


授業での活用:国語科・算数科を中心に

 本校における授業実践で特に進んでいるのは、3年生と6年生です。

研究主任やICTに詳しい教職員が担当する学級を中心に、少しずつ広がりを見せています。 

国語科での実践では、俳句や短文づくりの例示としてAIが自動生成したモデル文を提示することで、子どもが取り組みやすくなるという利点がありました。

生成AIを使えば、児童のレベルや情景に応じた文章案を複数、短時間で用意することができます。多様な表現に触れる機会が広がることで、児童の表現の幅も広がっていきました。

 算数科での実践では、発展的な課題をAIに生成させ、それを児童の思考を深めるために活用しています。

教科書の標準問題だけでは得られない、より深い思考に導く問題を作ることができる点が大きな魅力となっています。

 A校長は生成AIについて「使うことが目的ではなく、無意識のうちに自然と使い、授業改善に活きるレベルまで持っていきたい」と語ります。

道具として当たり前に使えるようになることが、真の意味での定着だと考えているのです。


情報共有の仕組み

 教職員への情報共有として、A校長はA4一枚にまとめたシートで視覚的に要点を伝える方法を採用しています。

これは生成AIの活用に関することに限らず、校内研修全般で活用されている同校のスタイルです。

短時間で要点を把握でき、気軽に理解し、すぐに試すことができる環境づくりに寄与しています。


3. 児童の変化・成果


 生成AIの活用が児童にもたらした変化として、表現や思考の自由度が高まったとの報告があります。

授業中に提示した資料や意見に対し、子どもが「これ誰が作ったの?」と尋ねる場面があったそうです。

生成AIによって作られたと知ることで、子どもたちが遠慮なく意見を述べるようになったといいます。

 同じ学級の子どもが作った資料であれば、人間関係の影響もあり、遠慮して意見を言えなかったり、資料を作成した子どもが傷ついたりする可能性があります。

生成AIが作成した資料であれば、そういった課題を解決した状態で、子どもたちが自由に意見を述べることができるようになったのです。

 さらに特徴的なのは、AIが生成した意見や文章に対して、「この反論は妥当か?」「なぜ妥当でないのか?」といった視点で議論できるようになったことです。発達段階によっては、子どもは自分の意見に対して反対意見が出たときに、まるで自分の人格が否定されたような捉え方をしてしまう場合があります。


AIが生成した意見や文章であれば、人格を否定することなく意見の質そのものに焦点を当てられるため、議論型の学習では特に効果が大きくなります。

A校長は「型を学ぶ活動に生成AIが非常に適している」と述べ、学習の土台づくりに有効であると評価しています。

批判的思考を育てる上でも、生成AIは有効なツールとなり得るのです。


4. 教職員の意識・実践の変化


 A校長は、年度末には研究としての成果を可視化し、単に「使った・使わなかった」を超えて、「どのような良さがあったのか」という実態を把握したいと語ります。

数値化できる部分とできない部分がありますが、教職員の声や児童の変化を丁寧に記録し、分析していく予定です。

 すでに職員の間では、教材研究や授業づくりの思考プロセスが変化しており、生成AI活用を前提に複数の授業案を検討する姿が見られるようになっています。

以前であれば一つの授業案を練り上げるのに精一杯でしたが、今では複数の選択肢を比較検討する余裕が生まれているのです。

 若手教職員からは「教材づくりのハードルが下がり、試行錯誤が増えた」という声が聞かれます。

失敗を恐れずに新しいアイデアを試せるようになったことは、教職員としての成長にもつながっています。

一方、ベテラン教職員からは「授業アイデアの幅が広がる」との評価が寄せられています。

長年の経験に新しい視点が加わることで、さらに質の高い授業が生まれているのです。

 教職員の授業改善へのエネルギーが引き出されている点は、学校全体の教育力を底上げしていると言えます。


生成AIは、教職員の負担を減らすだけでなく、創造性を引き出すツールとしても機能しているのです。


5. 安全性・情報モラルへの対応


 生成AIの活用にあたっては、個人情報の扱いに細心の注意を払っています。

児童の名前や学校名を入力しないことを徹底し、全教職員で共通認識を持つようにしています。不安のある教員には、一度、別のシートにプロンプトを入力してから生成AIに貼り付ける方法を採用しています。


そうすることで、プロンプトの内容をよく確認したうえで、生成AIに入力することができるようになり、生成AI活用に慣れていない教職員の不安を軽減できたといいます。

一度文章を見直すワンクッションを置くことで、うっかりミスを防ぐことができるのです。


6. 学校全体での取り組みの広がり


 現時点では、児童が直接生成AIを使うことはないため、生成AI活用について保護者への周知は行っていません。

しかし、A校長は将来的に児童が生成AIを活用することも視野に入れており、「土壌が整った段階で、生成AIの利点や安全面について丁寧に説明したい」と話します。


 生成AI活用についても、学校行事などと同様に、保護者との信頼関係を保ちながら、段階的に進めていく必要があります。

急激な変化は不安を生むため、教職員が十分に使いこなせるようになり、その効果を実感してから、次のステップに進むという慎重な姿勢を取っています。


7. 課題と今後の展望

 現時点での課題として、A校長は「生成AIが作る情報の正確性をどう吟味するか」を挙げています。便利だからこそ、使い慣れるほど生成AIの出力を鵜呑みにしてしまう危険があり、事実確認や批判的思考のスキルが不可欠となります。A校長は「生成AIを使えば本を読まなくてよい、実践しなくてよい、ということにはならない」と述べ、教職員が自ら情報を精査する力を高める重要性を強調しています。生成AIはあくまでもツールであり、最終的な判断は人間が行うべきだという原則は変わりません。 また、これからの学びが自己調整学習や自由進度学習へ移行することを見据え、児童一人ひとりにあった学びのコースを複数用意する必要が出てきます。A校長は「生成AIを上手に使うことで学びのバリエーションを増やせる」と期待を寄せる一方で、フェイク情報を見破るリテラシーを今後さらに高める必要性も指摘します。情報を批判的に読み解く力は、これからの時代を生きる子どもたちにとって必須のスキルとなるでしょう。

8. 他校へのアドバイス


 最後に、他校の管理職、教職員に向けて、A校長から次のようなメッセージをいただきました。 

「ファーストペンギンになることを恐れないでほしい。究極の目標はよりよい授業をつくることであり、その手段の一つが生成AIです。効果があり必要だと思ったら、躊躇せずに飛び込んでほしい。私自身、飛び込んだからこそ見えた景色があり、今もワクワクしています。」


 近年、ICTや新しい学習内容、新しい学び方の理論が、教育現場にどんどん入ってきています。A校長が語るように、いずれもよりよい授業を作ることが究極の目標であり、この本質を見失ってはいけません。

手段が目的化してしまうことなく、常に子どもたちの学びを中心に据えた実践が求められます。


 さらに、最近の生成AIは、利用者の"クセ"を把握したような出力をすることもあり、使い続けることで自分に合ったサポートが受けられることも実感しているといいます。

使えば使うほど、自分の授業スタイルに合った提案をしてくれるようになるのです。


おわりに


 今回紹介した小学校の取り組みは、学校経営と授業づくりの双方において、生成AIがどのように組織文化として根づいていくのかを示す貴重な実践です。

管理職が先頭に立ちつつも強制ではなく、挑戦を歓迎する文化を育てた点は、多くの学校にとって参考になるのではないでしょうか。


 生成AIの活用は、単なる業務効率化ではなく、「よりよい授業」を追究するための新たな手段となります。

教員の創造性を引き出し、児童の学びを深め、学校全体の教育力を高める可能性を秘めています。本校の挑戦は、その未来を拓く一歩となっていると言えるでしょう。


 これからの教育現場において、生成AIはますます重要なツールとなっていくことが予想されます。

しかし、それを効果的に活用するためには、組織的な取り組み、教職員の理解と協力、そして何より子どもたちの学びを第一に考える姿勢が不可欠です。

この小学校の実践が、多くの学校にとって参考となり、日本の教育のさらなる発展につながることを期待しています。


<自習ノートについて>

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それでは、また次回の記事でお会いしましょう!


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