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教科書持ち込み可で全員不合格?タイの事例から学ぶ、AIとの向き合い方

はじめに


筆者は以前、シンガポールの学校教育におけるAI活用について以下の記事を執筆しました。

そんな矢先、これとは全く対照的な出来事として、タイで起こった以下の様なニュースが入ってきました。

「教科書を持ち込んでいい。スマホで検索してもいい。それなのに、クラス全員が不合格になった」

一見すると驚くべき出来事が、2026年6月にタイの学校現場で起きたというニュースが入ってきました。このニュースは、教育現場における「AIとの向き合い方」について、私たちにとても重い問いを投げかけているように感じます。

本記事では、この衝撃的な事例をもう少し深掘りし、日本の教育現場でも起こりうる「AI依存」についてと、教師自身が改めてAIにどう向き合うかについて考えていきます。


目次

  1. はじめに

  2. 何が起きたのか——Open Resources試験の顛末

  3. 問題の本質は「AI依存」ではなく「使い方の未教育」

  4. 日本の教育現場ではどうか

  5. 教師が「AIをツールとして理解する」

  6. まとめ


何が起きたのか——Open Resources試験の顛末

2026年6月、タイのある高校で実施された試験が大きな議論を呼びました。その試験形式は「Open Resources(オープン・リソース)」。つまり、教科書やノート、さらにはスマートフォンやタブレット端末などを使った検索ツールなどの持ち込みがすべて許可された試験でした。

しかし、結果は驚くことに、なんと、クラスの生徒全員が不合格になったというのです。なぜ、何でも調べて良い環境でこのような事態が起きたのでしょうか。

事態の詳細は以下の通りです。


・AIへの全振り: 生徒たちは、持ち込みが許可されているにもかかわらず、誰一人として教科書を持参しませんでした。全員がスマートフォンの生成AI(ChatGPTなど)のみを使い、すべての問題に回答しようとしたのです。


・教師の意図: 出題した教師は、あえて「AIがそのままでは答えにくい問い」を作成していました。単なる知識の再生ではなく、複数の情報を組み合わせて自分の頭で考える力を測ることが目的だったのです。


・SNSでの拡散: この結果に衝撃を受けた教師がSNSに投稿したことで、タイ国内で大きな議論が巻き起こりました(後に投稿は削除されましたが、議論は止まりませんでした)。

SNS上では、大きく分けて2つの反応が見られました。(参照:https://x.com/Thairath_News/status/2070454206058631262 )


生徒側の問題を指摘する声(多数派):「AIの回答精度は現時点で約70%程度。教科書を誰も持ってこなかったのは怠慢だ」「全員が同じAIを使えば、全員が同じ間違った回答をすることになるのは当然だ」という批判的な意見です。

中立・分析的な意見:「AIそのものが悪いのではなく、使い方の教育(プロンプトの質など)がなされていないことが問題だ」「Open Book(教科書持ち込み可)試験は、どこに何が書いてあるかを知らなければ解けない、実は最も難しい試験形式である」という冷静な指摘です。

筆者は、この事例は単なる「生徒の不勉強」として片付けられる問題ではないと考えています。


問題の本質は「AI依存」ではなく「使い方の未教育」


この事件から私たちが学ぶべきことは、「生徒がAIを使ったこと」を責めることではありません。本質的な問題として、「AIをどう使うかを、誰も教えていなかった」という点にあるのではないでしょうか。

多くの生徒にとって、AIは「正解を出力する機械」といった「便利なもの」に見えています。しかし、ご存じの方もいるように、実際の生成AIには以下のような特性があります。


・入力の質で出力が決まる: 「プロンプト(指示文)」が曖昧であれば、回答も曖昧になります。


・一定の誤答率がある: 今回の事例でも、AIの精度は約70%程度だったと分析されています。つまり、3割は間違える可能性があるのです。


・文脈理解の限界: 特定の教科書の内容に基づいた記述や、授業中の細かな文脈を反映させることは、AIが最も苦手とする分野の一つです。


ここで注目すべきは、「Open Book試験はむしろ最難関である」という逆説です。

教科書を見ても良いという試験は、裏を返せば「教科書に書いてあることをそのまま写すだけでは点にならない」ことを意味します。教科書のどこに重要な情報があるかを把握し、複数の情報を組み合わせ、自分の言葉で再構成する力。これこそが、AIには代替できない「人間ならではの能力」です。

生徒たちが「AIに丸投げ」してしまったのは、この「自分の言葉で再構成するプロセス」をAIができると勘違いしていたからです。この誤解を解き、「AIとどう協働するか」を教える授業設計が、今の教育現場には決定的に不足しています。


日本の教育現場ではどうか

「これはタイの話であって、日本の高校生はそんなことはない」と思われる方も少なからずいると思われます。しかし、日本の教育現場においても全く同じ構造を抱えていると考えます。

現在、日本の高校生もスマートフォンを通じて、日常的にChatGPTなどの生成AIにアクセスできる環境にあります。GIGAスクール構想によって端末が普及した今、AIは「特別なもの」ではなく「そこにあるもの」になりました。

日本の教室が抱えるリスクは、以下の3点に集約されます。


・AI=「答えをくれる機械」という誤解: 日本の生徒も、AIを「検索エンジンの進化版」として捉え、提示された回答を無批判に受け入れてしまう傾向があります。


・教師側の指導経験不足: AIをどう使い、どう付き合うべきか、明確な指針を持って指導できる教員はまだ少数です。(むしろ、AI活用に対して懐疑的な教員も存在する)


・「禁止」による思考停止: 「試験ではAI禁止」「宿題でAIを使うな」という禁止アプローチだけでは、生徒が隠れて使うことを防げず、結果として「正しい使い方の教育」から遠ざけてしまっています。

ここで、一つ先生方に問います。「あなたのクラスの生徒は、AIをどういうものだと思っているか、説明できますか?」

もし生徒が「AIは絶対に正しい答えをくれる」という認識でいるなら、今回のタイの事例のような出来事は、明日自分のクラスで起きてもおかしくない出来事かもしれません。


教師が「AIをツールとして理解する」

生徒にAIの使い方を教えるためには、まず教師自身がAIを「ツール」として深く理解する必要があります。「ツールとして理解する」とは、具体的に以下の3つの視点を持つことだと考えます。


① AIが得意なことを知るAIは、情報の整理、要約、アイデア出し、文章の叩き台(ドラフト)作成において圧倒的な力を発揮します。例えば、授業案の構成案を5つ出させる、といった使い方は非常に有効です。


② AIが苦手なことを知るAIは、最新の時事情報、正確な数値の算出、文脈の深い読み取り、そして「特定の教科書の〇ページの内容に準拠して答える」といった制約を苦手とします。この「弱点」を知っているからこそ、AIの回答を疑うことができます。


③ 自分の思考をどこに置くかを意識するAIの出力をそのまま「完成品」とするのではなく、あくまで「素材」として扱う習慣です。AIが出した答えに対し、「この部分は正しいか?」「この表現は自分の意図に合っているか?」と検証・編集・判断するプロセスにこそ、人間の思考を置くべきです。

教師がこのプロセスを自ら体験することで、生徒に対して「AIを使っていいけれど、その回答の根拠を教科書のどこから見つけたか説明しなさい」といった、具体的な指導言語を持てるようになります。

これからの授業設計では、「AIを使っていい課題」を意図的に出すことも一つの手として有効だと思います。ただし、その際は「AIにどのようなプロンプトを入力したか」「AIの回答のどこを修正したか」などをセットで提出させることで、生徒の思考プロセスを評価の対象にすることができると考えます。


まとめ

タイで起きた「全員不合格」というニュースは、私たち日本の教員にとって「対岸の火事」ではありません。それは、AIという強力な道具を手にした生徒たちが、その扱い方を知らずに迷走している姿を映し出す「鏡」です。

生徒がAIに依存し、思考を停止させてしまうのを防ぐ唯一の方法は、私たち教師がAIを正しく理解し、その「使いこなし方」を背中で見せることです。

生徒を責めるのではなく、新しい時代の道具を共に使いこなすパートナーとして。教師が一歩先にAIに触れ、その可能性と限界を知ることが、最も現実的で、かつ最も教育的な第一歩となるのではないでしょうか。


<自習ノートについて>

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それでは、また次回の記事でお会いしましょう!



 
 
 

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