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「AIが東大と京大主席合格」のニュースから学校教育を考える


目次


はじめに

筆者は以前、以下の記事で際にAIが東大の入試問題を解く力についての内容について書きました。

そんな中、2026年4月27日に衝撃的なニュースが飛び込んできました。


正直、筆者はこのニュースに大きな驚きを禁じ得ませんでした。先日「AIが東大理三の合格点に到達した」という報道に接した時も、長く受験指導に携わる者として相応の衝撃を受けたものです。

しかし、当時はあくまで「合格ラインに届いた」という段階でした。

それがわずかな期間で「主席を超える」という地点にまで到達してしまっていたのです。


一年前に「AIは東大に受かるのか」と問うていたのが、今や「AIは人間よりどれほど賢いのか」と問わねばならない時代に入った。これは教育に携わる者として、決して他人事として片付けられないと感じました。

本稿では、このニュースの内容を整理した上で、現場の高校教員として、私たちはこの事実をどう受け止め、明日からの教育にどう活かしていくべきかを、教育的視点から考えてみたいと思います。


「AIが東大と京大主席合格」ニュースについて


この項目については、株式会社LifePromptの遠藤聡志氏の以下の記事を参照しています。【首席超え・満点続出】2026年度 東大・京大の入試問題をAI(ChatGPT / Gemini / Claude)に解かせてみた【採点協力:河合塾】


まず、報道された検証結果の概要を整理しておきます。今回の検証は、株式会社LifePromptが河合塾および河合塾グループのKIESの協力を得て実施したもので、ChatGPT 5.2 Thinking、Gemini 3 Pro Preview、Claude 4.5 Opus の3モデルに、東大・京大の二次試験問題(記述式)を解かせ、河合塾講師が人間の受験生と同じ基準で採点したというものです。


その結果は、東大理科三類の2026年度合格者最高点が453.60点(550点満点)であったのに対し、ChatGPTは503.59点、Geminiは496.54点を記録。

いずれも主席を約50点も上回りました。京大医学部医学科でも、ChatGPTは1176.25点を獲得し、昨年度の合格者最高点(1105.87点)を70点以上上回っています。


特に教科教員として注目せざるを得ないのが、東大・京大の数学で満点が続出したという事実です。

昨年のGPT o1が東大理系数学で38点しか取れなかったのが、たった1年で120点満点にまで到達しました。京大理系数学(200点満点)、文系数学、さらには京大化学までもが満点。

「AIは数学が苦手」という、私たちが長年抱いてきたイメージはもはや過去のものです。


一方で、AIにも明確な「弱点」が確認されています。河合塾講師による科目別分析によれば、英語の要約問題ではAIは苦戦しました。

久恒秀雄先生は「複数の情報の中から、どの情報を解答に盛り込むべきか天秤にかけて取捨選択をし、簡潔な日本語でそれを表現すべく細かく推敲を行うという日本語の表現能力が必要」と評しています。

京大英語の説明問題では、3モデルとも「大学側がどのような解答を期待してこの設問を作ったのか」というメタ的な推測ができていなかったといいます。


日本史の論述でも興味深い結果が出ています。GPTは思考プロセスでは正確な分析ができているにもかかわらず、それを答案として日本語に落とし込む段階で「天皇近侍し」といった不自然な表現や、同内容の繰り返しが目立ち、「一番印象が悪い」とまで評されました。

さらに全AIが共通して、東大日本史の「女官が政権担当者にどう作用したか」という問題を、「女官が政治権力を持っていた」と誤解しています。


物理では、GPTとGeminiが焦点距離にマイナスをつけるという、英語圏の慣習に引きずられたミスを犯しました。

問題文の設定よりも、自身が学習したデータの慣習を優先してしまったわけです。

化学ではGeminiが「1/2 × 3 = 15」という、まるで人間の小学生のような計算ミスを犯した場面もありました。

主席を超える総合力を持ちながら、こうした抜けが残るのも興味深い事実です。


整理すると、「与えられた条件のもとで論理的に解を導き出す力」では、AIはすでに人間のトップ層を凌駕している。しかし、「文脈全体を俯瞰して言葉の意味を再定義する力」「情報の取捨選択力」「自分の言葉で論述する力」といった領域には、依然として明確な課題が残っている。これが現時点でのAIの実力の輪郭であると言えるでしょう。


このニュースから教員としてあり方を考える


この検証結果を、私たち高校教員はどう受け止めるべきでしょうか。私は数学教師として、また進路部長として日々生徒の前に立つ立場から、二つの方向で考える必要があると感じています。


第一に、「問題を解く」「答えを出す」という観点においては、AIはすでに人間を完全に超えたという現実を、私たちは謙虚に受け止めなければなりません。東大理系数学で満点を獲得するAIに対して、「解き方を教える」「公式の使い方を伝授する」「典型問題のパターンを覚えさせる」だけの授業に、果たしてどれほどの教育的価値が残るのか。

厳しい問いですが、目を背けるわけにはいきません。生徒たちは、社会に出れば当然のようにAIを使う世代です。「AIより上手に解ける人間」を育てる教育には、もはや未来はないのです。


しかし第二に、今回の結果は同時に、人間の教師にしかできない領域がどこにあるのかを、極めて明瞭に示してくれてもいます。

それは、英語の要約問題でAIがつまずいたところ、日本史の論述でGPTが「一番印象が悪い」と評されたところ、京大英語で「大学側の出題意図を読み取れなかった」ところ──つまり、自分の言葉で考え、自分の言葉で表現するという、人間の知性のもっとも根幹に関わる部分です。


ここに、これからの学校教育の進むべき道があるのではないかと、筆者は強く感じています。


これまでの数学指導を振り返れば、私たち教員はどうしても「解き方を教える」「導き方を示す」ことに力点を置きがちでした。

それは決して間違いではなく、長年の伝統の中で磨き上げられてきた日本の数学教育の財産です。基礎基本を疎かにする教育は砂上の楼閣に過ぎません。だからこそ、伝統的な「型」の指導は今後も大切に守り続けるべきです。


しかし、それだけでは足りない時代が、確かにやってきています。これからの授業では、「なぜそのようになるのか」を生徒自身が腹落ちするまで考え抜く場面、「自分ならこう考える」と既存の解法に対して自分の視点を持たせる場面を、意図的に組み込んでいく必要があります。そして何より、考えたことを自分の言葉で言語化して他者に伝える経験を、繰り返し積ませていかなければなりません。


たとえば数学であれば、ある問題を解いた後に「なぜこの解法を選んだのか」「他にどんな解き方が考えられるか」「もしこの条件が変わったらどうなるか」を、生徒自身の言葉で説明させる。同じ問題を別解で解かせ、互いの解法を比較吟味させる。

検証結果のなかでも、河合塾講師は「うまく工夫して解いている答案(授業で別解として生徒に提示できるもの)」をAIの中に見出しています。AIの解答すら教材として活用しながら、生徒自身が思考の主役になる授業へとシフトしていくことが、これからの数学教師に求められる姿でしょう。


進路指導の文脈でも同じです。AIに「君の進路はこれだ」と判定させることは、技術的には十分可能な時代です。しかし、生徒が自分自身の人生の意味を問い直し、自分の言葉で「なぜこの道を選ぶのか」を語れるようになる──そのプロセスに伴走することは、依然として人間の教師にしかできない仕事です。


言い換えれば、これからの教師の役割とは、情報の伝達者から思考の触媒へ、正解の提供者から問いの設計者へと、軸足を移していくことなのだと思います。日本の教育が長く重んじてきた「人を育てる」という根本思想は、AI時代だからこそ、その本質的価値を一層輝かせるはずです。


まとめ

本稿では、4月27日に報じられた「AIが東大・京大の主席合格レベルを突破した」というニュースを起点に、これからの学校教育の在り方について考えてきました。

AIは数学をはじめとする多くの科目で満点を獲得し、もはや「問題を解く力」では人間を凌駕しています。一方で、文脈の中で言葉の意味を再定義する力、情報を取捨選択する力、自分の言葉で論述する力には依然として課題が残されています。

だからこそ私たち教員は、伝統的な「解き方の指導」を土台として大切にしながら、その先に「なぜそうなるのか」「自分ならどう考えるか」を問い、自分の言葉で言語化させる教育へと、確かに歩みを進めていく必要があります。


AI時代だからこそ、教育の在り方を根本から問い直さなければなりません。

しかし悲観する必要はないと考えています。AIがどれほど優秀になろうとも、目の前の一人の生徒の人生に責任を持って向き合えるのは、生身の教師だけです。

AIを敵視するのでも、ただ追いかけるのでもなく、AIを賢く使いこなしながら、人間にしか育てられない力を育てる教育者へ。私たち教員自身がアップデートを続けることこそが、未来を生きる生徒たちへの最大の贈り物になるはずです。


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